長治谷小屋の生活 2023夏
芦生研究林の核心部,上谷の入り口に,長治(谷)小屋という無人小屋がある。 電気なしガスなし電波なし,水道は沢水という,なかなか魅力的な施設である。

一般の方がこの場所にいくには,芦生もりびと協会のガイドツアーに参加する必要がある
2022年の夏,ある量を日変化を高頻度で測定する必要にせまられて,はじめてこの小屋に泊まり,その素敵な生活に虜になってしまった。嬉しいことに指導教官もこの小屋での生活を気に入ってくれた。
今年も,何度か泊まる事になった。
しごとをする
昼間は仕事。私がこの小屋を使うのは,幹表面からのメタン放出とその要因とをセットで調べるような実験が多い。手間のかかる実験において,繰り返しや種数を確保しようと思うと作業時間が長くなってしまう。そんなとき現場に近い拠点があるとやりやすいし,サンプルの採取直後に処理を初められるのでより良いデータが取れる。
今回は,5人グループで仕事にあたった。それぞれこの滞在中に終わらせたい仕事があり、ご飯の度に作業の進捗を確認しながら,必要に応じて手伝ったり手伝われたりする段取りをした。ちなみにこのグループで日本人は少数派であり、公用語は英語である。
必携品は緑色の測量野帳。私の場合これに加えて,メタン計,成長錐という錐,試験管や金属パイプ,それに注射針や窒素の入った袋が要ることもある。
しかし必ず忘れ物をする。もちろん繰り返しチェックをするけれど必ず忘れる。毎度情けない気持ちになる一方で,その失敗の解決策を探すときの興奮は,なんともいえず良いものである。代用品を探す,サンプルプランを変更する,スケジュールを入れ替える...そしてこういった工夫でなんとかなったときの達成感といったらない。とはいえ,先生には取り返しのつかない忘れ物のせいでなんどもご迷惑をおかけしているので,本当に申し訳なく思っている。
別の大変さといえば,斜面と虫だ。森林をフィールドに選んだ我々にとって斜面と戦うことは宿命づけられている。すぐそこに見える道具を取るために下りて登って二苦労。ちょっと油断すれば物も人も転げ落ちる。
虫は集中力をそいでいく。今回はアブがひどかった。虫にたかれると早く実験を終わらせたい気持ちが勝って,ちょっとした判断がすべて楽な怠惰な方へと傾く。あとで研究室に帰って,もっとやっておけばと後悔するのがオチだ。
そんな大変な昼間ではあるけれど,心あらわれるような瞬間は1日に幾度となくやってくる。
ヒグラシの鳴き声が,大波のように森を渡っていくその只中にいるとき。
川の対岸の斜面を駆け上る鹿の,無駄のない美しい体つきを見たとき。
仄暗いスギ林で,ギャップにちょうど照らされているような蔓をみたとき。

こんな素敵な森で研究できるのは本当に有り難いことだ。
料理する
不便な場所だからといって,カップラーメンで済ませてしまうのではもったいない。どうしたら冷蔵庫のない長治小屋でいつもと同じ美味しい料理を作れるか。制約のなかで野外調査をなし遂げるのとおなじ楽しさがある。

この4日間で,こんな料理をつくった。
朝ごはん | 昼ごはん | 夕ご飯 | |
---|---|---|---|
1日目 | おにぎり | ジャーマンポテト | |
2日目 | パンとコーヒー | そうめん | トマトナスパスタ |
3日目 | パンとコーヒー | つけめん | チキンカレー |
4日目 | パンとコーヒー | おにぎり | ベーコンパスタ |
5日目 | パンとコーヒー | 丼もの |
電気やガスはないので,カセットコンロを持っていく。私は母の形見の古いEPIガスバーナーをいつも調査に持っていく。このバーナーを使っているときの,炎の匂いが私は好きだ。母や家族と行った黒百合ヒュッテ,しらびそ小屋,黒部五郎小舎,燕山荘なんかの薄暗い室内をありありと思い出す。
水は沢水が引き込んであって潤沢に使えるものの,そのままは飲めない。麓の事務所の水をポリタンクに汲んでいくのだ。この沢水はかなり冷たく,お昼ごはんを終えて山に出発するときに流しにビールを沈めれば,夕飯時にはよ〜く冷えていたのでありがたかった。

ちなみに,いまある長治小屋(赤い屋根・横板張り)のとなりに,かつて欧ロッジ風の大きな学生宿舎があったという。まだ歩道でしか長治谷にこれない戦前に,製材機を担ぎ上げて(どうやって?),長治谷周辺の森林資源で作ったらしい。いまの長治小屋は,のちに学生宿舎の厨房と食堂の機能を独立させて作られたもので,正確には長治谷炊事棟なのだ。
昔は夏になると,地元のおばちゃん達が炊婦としてこの炊事棟に一夏のあいだ泊まり込み,学生の食事の世話をしていたという。炊婦さんが泊まっていたであろう6畳間がいまでも残っている。
夜の楽しみ
長治谷の夏の夜を彩るのは,邪魔する明かり一つない星空とホタルである。

長治谷界隈は侵食され残った準平原地形で,谷が広く空も広い。小屋の前はちょっとした原っぱになっていて,マットレスを敷いて寝転べば,満天の星空である。
時期もよかったのか,数分も見上げているといくつも流れ星が見える。非英語母語話者たちで「流れ星」に相当する英語を思い出そうとしてみる。"Flying star"とか"Slipping star"とか訳してみるけど,どれも違う。バングラデシュの彼は,"Dead stars"とか言って,趣のなさに非難を受けた。するとフランス人の指導教員が来たから彼に聞いてみると"Burning chips of star"... これだから科学者は...
寝る
我々は基本的に食堂で寝た。食堂には長椅子が10脚あり、これを1人あたり2脚ずつ使いベットをこしらえた。
蚊をうまく締め出せた夜はよく眠れる。食堂には東西それぞれの面に木枠に曇りガラスの窓がつついている。その窓には網がついていて、一応は虫の侵入を防ぐことになっていたが、蚊の多い夜もあって寝苦しかった。
一方で嬉しい来客もあった。初日の夜、各々のヘッドランプを消すと、室内に迷い込んだ2匹のホタルが見えた。彼らは光りながら部屋中を飛び回り、私はそれをぼんやり眺めながら眠りに落ちた。
長治小屋生活の良いところ
さて,最後に長治小屋に泊まるメリットを主張してこの文章を〆ようと思う。
まず実用的な長所は,調査地の只中に滞在できることである。これは非常に便利である。芦生研究林の利用者のかなり多くが長治谷界隈を調査地にしているが,事務所から長治谷までは車で50分ほどかかる。これが0分になるのだから,作業できる時間は長くなる。そして運転者の疲労も減る。
さらにこのことは,温室効果ガスの排出量の削減に直結する。事務所と長治谷は往復20kmである。自動車の実燃費が10km/Lすると,長治小屋に一泊するたびに2Lの燃料を節約できるが,これはCO2排出量の4.7kgの削減にあたる。逆に言えば,事務所構内に宿泊して長治谷とを数往復しただけで,樹木が1年間に吸収する二酸化炭素量を相殺してしまうのだ。私は地球温暖化抑制につながる小さな一歩と信じてメタン循環の研究をしている。研究による環境への影響も気にしていたいものである。
もっと違う良さもある。長治小屋に滞在して明かりのない生活を送ることで,いつもは気づくことのない夜の長さや月の明るさを知る。インターネットに接続して愚にもつかないコンテンツに接する代わりに,日没前後の光の変化をじっと眺めたり,早朝の霧がかった森を散歩することになる。これは,非常に幸せで満たされた気持ちをもたらす。
この長治小屋での生活は,京都のいつもの生活からは数10kmしか離れていないのに,また,人がこうした暮らしをしていたころから数10年しか経っていないはずなのに,なんだか遥か遠くに来たような気持ちになる。
長い文章を読んでくださってありがとう。
もしあなたが長治小屋に興味をもって,研究であれガイドツアーであれ当地に訪れてくれたら嬉しく思う。
(2023-Aug-2)
追記:2023年度冬
上に,長治小屋で泊まるメリットばかり書いたが,当然デメリットもある。長治小屋に泊まることで,芦生の貴重な生態系にネガティブなインパクトを与えてしまう可能性もあるということだ。
例えば,芦生山の家のホームページを拝見すると,可能な限りローインパクトなガイドツアーやキャンプについて書かれている。残飯やトイレの持ち帰りだけではない。排水を全く出さずに皿を洗う,微生物や根を傷めない調理,など。
もちろん,我々も自然へのインパクトは気にしながら滞在していたが,その想定の度合いは山の家ほど厳しくなかった。今後,長治小屋に滞在することによるネガティブなインパクトをよくよく認識したうえで,それを滞在することの利益と冷静に比べ,必要なときにのみ長治滞在を検討しようと思う。
私個人的には,森に惹かれるようになったのは大学に入ってからで,その興味も自然科学的なものよりは,林業や山への信仰など,人と森との関わりについての興味が強かった。だから樹木種はやや覚えたけれど,草本や動物,微生物にはまったく明るくない。
しかし,芦生の自然をよく守りながら研究に入らせていただくこと,これをちゃんと考えるにあたって,植物,動物,微生物に興味を持って覚えるのは最低限必要なことであるように思われる。まずは,つぶさに見る目を作らなくてならない...
そして,森と関わっていた昔の人々は,おそらく,植物や動物,あるいはきのこなどとじっくり向き合っていたはずだ。そういった眼差しなくして,山や森そしてそこにいる神々への思いは醸成されなかっただろうと思う。 こうした面に興味がある者としても,ちゃんと勉強していこうと思う。