長治小屋 2023年秋冬

朝6:00,ぼんやりと明るくなってくる。灯油ストーブに火を入れて,また戻る寝袋の暖かさ。ボーッとするようなストーブの匂い。 10月初旬,長治小屋は早くも冬の雰囲気。

  長治小屋の朝

一般の方がこの場所にいくには,芦生もりびと協会のガイドツアーに参加する必要がある

無線機のスイッチを入れてNHK-FMの気象情報を聞く。
注意して聞くべき地方は,京都ではなく福井[補足1]。嶺南地域は曇ときどき雨予報。

朝ごはんをつくり,みんなで食卓を囲む。コーヒーを淹れるときだけの香りが部屋に広がる。

  小屋の窓から見た南の尾根

仕事

朝ごはんの食器を片している間にYとSは森に仕事にでかけた。Yはドクター留学生のSに手伝ってもらいながら,土壌ガスフラックスと絡めた毎木調査をしている。何十とある測点のそれぞれで近くの木を測るらしく,大変な仕事量だ。
一息ついて長治小屋の窓辺に腰掛けていると,南の尾根のあたりから,木の直径を伝え合う彼らの声が聞こえてきた。

  小屋の窓から見た南の尾根

そんな働き者の彼らにくらべて,私が長治小屋でできる仕事は多くない。

今回私は研究林の職員さんに手伝っていただきながら,高所作業車を使った調査をした。
そのため職員さんがお休みの週末に,長治小屋に滞在してできることといえば,4時間おきの定期的な観測を除けば,SやYの帰りをメシの準備して待つことだろうか。

いや,そうだ,平日につけた野帳をPCに打ち込んでしまおう。

ノートを見返すと,無機質な記号や数字の羅列からでも情景がよみがえってくる。

  高所作業1

高所作業

今回は高所作業車を借りてきて,幹の高いところでメタンを測ったり器具を設置したりした。しかし私は高所作業車を操縦する免許をもっていない。そこで,その免許を持つ技官さんに作業を支援していただいた。

大学の演習林・研究林には,技術職員(技官)さんという専門職員がいらっしゃって,林道の保守から気象観測,毎木調査,研究補助,実習受け入れなどの業務をこなしている。

私たちのグループはこれまであまり技官さんと関わりがなかった[補足2]。しかし今回の高所作業では,全面的に技官さんに支援していただいた。これはとてもありがたいことで,研究林ならではのことだ。

そして仕事中は作業車のかごに技官さんと乗り込むことになるから,趣味,仕事,研究,いろいろと話すことができて,楽しく作業できたのも嬉しかった。

高所作業2

高いところから森を見るのは楽しい。ブナの樹冠に潜り込むと,そこここにヤドリギが付いている。ふと見下ろすと,すぐ枝のちょっとしたくぼみに,クリのイガが乗っかっている。

高所作業3

多くの鳥がこの木を訪れているのだろう。芦生では,ブナは急斜面に立っていて背も高いから,林冠から頭一つ抜きでいているような木が多い。加えて太くて水平な枝も多いので,鳥が利用しやすいのかもしれない。

急に風が吹きおろしてきた。周りの枝葉が揺れる。遠くからサーッという音が聞こえ,谷の向こうの尾根がみるみる雨に霞んでしまった。しかしこちらのほうは全く降られないうちに,雨音は遠のいて,やがて元の静かな森に戻った。どうやら目の前の谷のあたりにちょうど雨の境目があったようだ。こんなこともあるんだ。

長治の秋

飯炊き

南と西に山を背負った長治小屋の空気は,はや3時頃には冷たく湿り始める。

お風呂1

山々にこだまする鹿の声がさみしい。

米を炊こう。鍋で米を炊くのは意外に簡単だ。

  1. 水は米と同量かやや少なく。火をつけるまでに30分は給水させる。
  2. 初めは強火にかけて,米と湯が湧くのを見たら,ごく弱火にして蓋をして10分間加熱。
  3. 火からおろし,蒸気が逃げないように手ぬぐいで押さえ,さらに10分まつ。

主菜は麻婆豆腐。充填豆腐であれば,冷蔵庫がない長治小屋でも食べられる[補足3]。1箱も買ってきた黒ラベルをお供に,麻婆豆腐を飲むように食べる。

夕ご飯

明日は少し早く起きて,地蔵峠まで歩こう。峠から滋賀県側を望めば携帯の電波が入る[補足4]から,久しぶりにメールをチェックしようか。

(2023-Oct-12)


補足1:
芦生研究林でも長治小屋は,北東のすみに位置し,京都の美山よりも福井の小浜や滋賀の朽木が近い。
長治小屋で聞こえてくるNHK-FMの電波も,福井の小浜送信所から来ている。福井を管轄する名古屋放送局は京都の気象情報をそもそも読まない。
また,NHK-FMの他にFM福井も聞くことができる。 ^もどる

補足2:
教員の帯同なく電車やバスを乗り継いで芦生に来る学生は,毎朝技官さんに調査地まで送り届けてもらっている。芦生研究林は,宿舎と調査地が離れていることが多いからだ(詳しくはこちら)。
しかし私は,指導教員の運転する車で調査地まで行くことが多いため,技官さんと接触する機会はすくなかった。
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補足3:
長治小屋には電気がないから冷蔵庫もない。持っていける食材についてよくよく考えなくてはならない。
おすすめは,紙パック入りのトマト。他にも,米,卵,キャベツ,ネギ,ツナ缶,焼き鳥缶,コーンビーフ,パスタ,丼ぶりのレトルト,大手パンメーカーの食パンなど。

今回は延べ11日間の滞在のうち,長治小屋に4泊した。今回の滞在のメニューはこちら。

1日目 中華風パスタ
2日目 パンとコーヒー 炊き込みご飯とキャベツ炒め チャーハン
3日目 パン 焼き鳥缶とトマトキャベツ煮込み 麻婆豆腐
4日目 丼ぶり ラーメン かけそば
5日目 パンとコーヒー ツナマヨおにぎり
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補足4:
今回の滞在中,長治小屋からわずか徒歩15分の地蔵峠で,携帯の電波を拾えることがわかった。あらゆるネットワークから隔離されている長治小屋での滞在にとって,これは革命的なことだ。長治小屋からは,上谷方面へ歩き,中山神社から枕谷に入って少し遡ると,地蔵峠0.2km→ の道標に出る。この道中もなかなか楽しい。

枕谷

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追記(2023年度冬)長治小屋での滞在1に追記したものと同じ

この記事では,長治小屋で泊まるメリットばかり書いたが,当然デメリットもある。長治小屋に泊まることで,芦生の貴重な生態系にネガティブなインパクトを与えてしまう可能性もあるということだ。

例えば,芦生山の家のホームページを拝見すると,可能な限りローインパクトなガイドツアーやキャンプについて書かれている。残飯やトイレの持ち帰りだけではない。排水を全く出さずに皿を洗う,微生物や根を傷めない調理,など。

もちろん,我々も自然へのインパクトは気にしながら滞在していたが,その想定の度合いは山の家ほど厳しくなかった。今後,長治小屋に滞在することによるネガティブなインパクトをよくよく認識したうえで,それを滞在することの利益と冷静に比べ,必要なときにのみ長治滞在を検討しようと思う。

私個人的には,森に惹かれるようになったのは大学に入ってからで,その興味も自然科学的なものよりは,林業や山への信仰など,人と森との関わりについての興味が強かった。だから樹木種はやや覚えたけれど,草本や動物,微生物にはまったく明るくない。
しかし,芦生の自然をよく守りながら研究に入らせていただくこと,これをちゃんと考えるにあたって,植物,動物,微生物に興味を持って覚えるのは最低限必要なことであるように思われる。まずは,つぶさに見る目を作らなくてならない...

そして,森と関わっていた昔の人々は,おそらく,植物や動物,あるいはきのこなどとじっくり向き合っていたはずだ。そういった眼差しなくして,山や森そしてそこにいる神々への思いは醸成されなかっただろうと思う。 こうした面に興味がある者としても,ちゃんと勉強していこうと思う。